20250414
食後、腸の音が過剰に鳴っている。体に何か、これまでと違う変化が起きている気がする。便通もここのところずっと不安定だ。 ただし自分は若い頃から過敏性腸症候群の症状があったので、それがより酷くなっているかもしれない。 一方で2年前に大腸カメラをやって、経過観察とされている怪しい部位も存在する。2年放置してしまったが、改めて今月末、大腸内視鏡カメラを受けてくる。
やりたい研究や知りたいことはたくさんある。読みたい本も山積みだ。だから健康には留意しなくては。
仕事中に二階堂和美のかぐや姫のサウンドトラックのアルバムを聴いて感動する。いのちの記憶は人生で一番好きな曲かもしれない、その歌詞も含めて。
昼食中に中原昌也の「子猫が読む乱暴者日記」を急に再読したくなって読んだらやっぱり唯一無二に面白い。このずっとふざけている感じと心地いい空虚さがたまらない。
タッチタイピングを意識しすぎて、キーボードを打つのがイップスになりつつある。こうなったらむしろ完全な無意識の動作になるまでやり込めばいいのかもしれないな。
春なので一日眠かった
言葉を組み立てるのはそれ自体が面白い行為と言えるのだろうか。子供の砂場遊びとか楽器を適当に鳴らすのと同じで、根源的な面白さにどこか触れている行為のような気もする。言葉のトレーニングを効用と感じるようになっていなければ、人は言葉を習得できないだろう。うまく言葉を使えるということは、人に自分の思考をより効果的に伝えられるということであり、それは人を魅了したり説得したりするのに有利だ。だから言葉の構築を巧くできるようになることには意味があると言えるのかもしれないけど、やっぱりトレーニングというか言葉で遊んでいることそれ自体が愉しい気がする。言葉の様々な組み合わせを試すということは、思考を広げていくことだから。
西洋の難しい本は読めない
朝から雪が降っていた。 仕事中はレコードを聴くようにしている。今日は Mike Westbrook の William Blake の詩にブラスバンドの曲と歌をつけたアルバム Blake を聴いた。これは多分ほとんど誰も知らないようなレコードで、仙台に住んでいた学生時代、雑居ビルの2階か3階かにあったこじんまりとしたレコード屋で店主の人に勧められて買ったものだ。これは命をかけて作られたレコードですよ、とその店主は言っていた。その人の風貌は全然覚えていないし、年齢だって定かでないくらいに朧げなのだが、そう言う変なことを言っていたことは20年くらい経った今でも覚えているし、買ったレコードも保持したままだ。他にも Popol Vuh の Hosianna-Mantra とかも勧められて買った。Centipede と言うイギリスのプログレ系ジャズロックの集大成のようなレコードも勧められたけどこれは学生の自分には高すぎて買えず、どんな音楽なのだろうと長らく想像していた。後にCDで再販されたので買ってもちろん気に入って、何度も聴いたけど、やっぱりレコードを買っておけば良かったと今は思う。 William Blake の詩と言っても、自分はこの手の詩は苦手というかあまりピンとこないというか、持っている語彙や世界観の重なる部分が小さすぎて理解が及ばないというか、つまりほとんど文章が入ってこないで途中でやめた数多くの本の一つなのだが、今読むとまた違うかもしれない。あとかつて持っていたダンテの神曲の文庫の挿絵が確か William Blake で、不気味さと無邪気さの同居したような不思議な絵で好きな部類には入るけど自分は美術はあまり分からないたちだし、神曲だって結局全部読めずにブックオフに売ってしまったのだ。 詩はよく分からないけど Mike Westbrook のこのレコードは結構好きだ。仰々しいボーカルも面白いけど、やっぱり70年代のイギリスのジャズプレイヤーのソリッドな感じも好きで、フリーの配分も心地よい。Mike Westbrook の他のアルバムなんかが特にそうだけど、プレイヤーたちにフリーに吹かせておいてだんだんとリフとテーマに戻っていくときの、バラバラが集約されていく瞬間に、他の音楽ではあまり聞いたことがない気持ちよさがある気がする。
耐性菌にやられた
小指の炎症はメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)によるものであったことが判明した。抗生物質が効かずに腫れ続けていたわけだ。菌の同定と薬剤耐性試験の結果、ミノマイシンという抗生剤が効果を示すとのことで処方され、服用を始めて1〜2日後に、手の甲にまで広がっていた腫れがスッと引いた。
しかし肝心の小指の感染箇所は変わらず腫れていて紫色に変色したままだったが、皮膚科の先生によると膿が溜まっているとのことで、これは2回目の排膿切開となった(この処置が極めて痛い)。多量の膿が出た。排膿処置から1〜2日で、小指の腫れもおさまってきて、伸びた皮膚がボロボロと剥け出した。色も赤みが少しずつ抜けてきた。ここでようやく回復への期待感を持てるようになった。
現在もミノマイシンを内服しているが、もうだいぶ治っている(処方された抗生物質は飲み切らないといけない)。しかし指のできものがここまでひどくなりかつ長引いたのは自分の人生では初めてのことで、このMRSAというのは厄介で怖い菌なのだなと思った。これが血液に乗って内臓や他の身体の部位で増殖なんかした日には、当然だがさらに大変なことになったのだろう。なお、先生からは発熱したり、ミノマイシンが効果を示さない場合には、バンコマイシンの点滴を行うと言われていた。 そこまでのことにならなかったのは、先生が初手で膿を菌の同定検査に出してくれたのも功を奏したと思う。適切な判断に感謝しかない。
しかし一体、どこでこんな菌に感染したのか?ググると、院内感染などで注意しなければいけない菌として出てくるが、しばらく病院等の施設にはほとんど出入りしていないので市中感染ということになるのだろう。市中感染も近年増えているとの情報もある。細菌による感染症の怖さを改めて認識した2週間であった(まだ完治はしていないので油断してはいけないが)。
指の痛みに耐えている
2024-11-28
右手の小指の付け根が腫れて膿疱まで出てきて痛みも酷いので近所の皮膚科に行った。そしたら毛包炎と診断され、すぐに切開し膿を排出しましょうということになり、あれよという間に台に寝かされ、局所麻酔を指に打たれて切開が始まった。「いてててて」「すぐに終わりますからね〜」切開後は石鹸と水でじゃぶじゃぶと洗われ、抗菌性の軟膏と経口の抗菌剤を処方された。「これで痛みはすぐに引くと思いますよ」とのこと、これは一瞬の治療の痛みに耐えた治癒の報酬として期待していたのだが、実際は昨日の夜には眠りを妨げられるほどの指の痛みに苦しみられ、今もまだ指の腫れは引かないし痛みも残っている。昨夜は眠ろうとして目を閉じると痛みの感覚に集中してしまうので、ドラクエ3のリメイク版を、有吉のサンデーナイトドリーマーの上島回を聞きながらプレイするという、要は麻薬を打っているような状態にして夜を乗り切ろうとしたが、そんなことすれば当然寝不足になり実際なっている。会社を休むほどではない(ここが在宅勤務のいいところ)。今週末は言われた通りに薬を飲んで様子を見て、週明けも痛みが引かなければ再度通院するとしよう。
小指が腫れた
2024-11-27
運動不足。常に眠い感じ。仕事のペースも適当になっている。呼吸も浅い。何か地に足のついたことをして流れを変えたい。そう思って部屋に掃除機なんかをかけてみたり、読みかけの本を本棚に戻したりした。
その読みかけの本は、原田隆之さんの「入門犯罪心理学」という新書をだったのだがこの本は私には知らなかったことが多くて大変面白い本だ。例えば犯罪件数の統計に関する記述では、1年間で約240万件の犯罪が認知されている(2013年の認知件数。年々減少しているとはいえ、警察も大変だ)こととか、刑法犯の半数が窃盗であること、さらに窃盗の30%は自転車の盗難であることなど(警察が自転車の職務質問をするわけだ)が記されており、このように数値で示されると犯罪の実情がよりリアルに理解できて、これまで漠然と持っていた印象と違っていて認識を改めたりできる。軽重にはかなりの差異があるのだろうが窃盗が年間およそ100万件もあるとは知らなかったし、そのうち空き巣の比率が4 %と比率では少ないとはいえ実数では年間4万件近くも起きているとのことだ。これは1日100件起きているということで、2013年と比べると現在ではもう少し減っているのかもしれないが、自分が思っていたよりも世に泥棒は多かった。しかも窃盗は再犯率が30%というから刑務所の出入りを繰り返しながら窃盗をしている一定数の存在がいるということだろうか。まだ50ページくらいしか読んでいないが(そういう本が部屋に山ほどある)、犯罪から世の中を見るとまた景色が違って見えて興味深い。意外と社会の秩序は危ういのかもしれないと思わせるものがある。法律をはじめ現行の社会制度はそんな危うい中でも、なるべく秩序を安定させるためのこれまでの人類の叡智の積み重ねの結果なのであろうし、現在ももちろん改良のプロセスの中にあるのだろう。
頭の中がうるさいのでせめて静かに暮らしたい
2024-11-21
Alexander Knaifel の静謐な音楽を寒い部屋でインスタンスコーヒーを飲みながら聞いて仕事をした。一日腸の調子が悪くこれはハンバーガーなどを前日に食べたからかもしれない。年齢を考えた食生活にしなくては。Alexander Knaifel はアルヴォ・ペルトと似ている気がするが相互に交流などあったのだろうか。宗教音楽的なところも類似しているが、この辺りの人たちが惹かれた宗教は具体的にはどういう類の宗教なのだろう。現生的な宗教というよりも原始的な宗教におけるグレゴリア聖歌のような音楽をモチーフとして追求しただけなのかもしれないが単にモチーフというよりはやっぱりなんらかの信仰を持っていたような気もする。ペルトやクナイフェルの音楽は雪とよく似合う気がする。東京ではほとんど雪は降らないのだが。